思考のお化け

にっちもさっちも行かなくなって考えるだけでも疲れてしまうことありませんか。
そこまでではなくても、考えても仕方ないと思いつつ、
考えてしまって頭の中がぐるぐる回る。
でもたくさん考えたからって解決の糸口が見つかるとは限らない。
思考が暴走してわけがわかんなくなってしまう、

これを私は思考のお化けと呼んでいました。

私が40代独身一人暮らし時リストラに遭い、
人間関係も経済的にも追い込まれていく状況の時、
「こうしたらよくなるかも」「こうすれば、ああすればもっと仕事が見つかるかも」と
頭の中はフル回転でした。
一方、「もう私はダメだ。思い描いていたものとは全く違ってしまった、もう落ちるだけだ」
「私は敗者だ」など自分を責める考えもどんどん出てきます
ホント、考えるのってエネルギー使うのか、考え疲れになりました😧。
そして敗者だと思うと、絶望感や悲しいという感情がどわぁ~😭と出てきました。

その状況の時、料理関係の月刊誌を読んでいたら「思考にご注意!」という記事に目がとまりました。
(京都嵯峨芸術大学の森本武さんという方が書かれたものでしたが、
なぜ料理冊子に思考の話が出てきたのかいまだに?です。)

——————–
嫌な出来事があった、その記憶が夜離れず嫌な気分になる。考えなければ何もない。
未来についても、貯金の残高を眺めながら先の生活を考えて不安を覚える。残高を知る行為も思考です。
思考に頼りすぎてはいけません。
——————

というような内容が書かれていました。
その時は、「確かに考えなければ不安も嫌な気分にならないけれど、
だって~、考えなくちゃ将来の生活の対策が立てられないじゃん!!」と思いましたが、
思考のお化けに悩まされ疲れていた私には、
思考に頼りすぎてはいけない、ということにちょっとした驚きを覚えました。

その後、溝口あゆかさんのインテグレイテッド心理学を学んでいく中で、
このときに書いてあった思考に頼りすぎてはいけないということが段々と分かってきました。

例えば、
「子どもがいない」これは、まぁそういうことです、事柄、出来事、事実です。

「私は45で独身だ」これも、まぁそういうことです。45歳の人が独身というだけのことです。
極端に言えば、This is a pen. という事実をいうのと同じこと。

でも、この「私は45で独身だ」という言葉を言い始めている時に既に、
「このまま独りだったらどうしよう、暮らしていけるだろうか、周りから寂しい女と思われないだろうか」
というような思考が一瞬にして付随することがよくあります。
「子どもがいない」に付随する
「だから将来年取ったら寂しいだろうな、面倒は誰が見てくれるんだろうか」というところは思考です。
この区別が最初は本当によく分かりませんでした。

事実とそれに付随する思考(このまま独りだったら食べていけるだろうか。。。子どもがいないと将来病気の時どうなってしまうだろう)そして、、、感情(寂しい、悲しいなど)。
この事実、付随する思考と感情、これが一緒になった時、
思考が暴走するかの如く、思考のお化けに悩まされるんだなぁと思います。

「将来病気になったらどうしよう」→、だからこういう保険に入ろう等、現実的に対応方法を考えます
(思考のお化けではない必要な思考)。
「将来病気になったらどうしよう」→そこから出てくる不安や焦りは癒した方がいい感情です。

ある状況であれこれ考えてしまってわけわからなくなってしまったら、
どれが事柄なのか、どれが考えなのか、どんな感情があるのか、
分けてみると、どこに自分が一番ひっかかっているのかが分かりやすいなと思います。
と思いつつ、思考のお化けが出てくると
それでしばらく頭がいっぱいになってしまうこともまだまだあります。

komono2

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