文法「~ても」仮定的逆説 

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今となっては、よくあれだけの時間よくやったな~と思う本の制作で編集さんとの打合せ。

思い出すのが、「子どもがいてもいなくても幸せ」という一文。

この
「子どもがいなくても幸せ」のフレーズで
あーだこーだ打合せで熱く話したことがあったんです。

私が「子どもがいなくても幸せ」の
”(な)くても”
の言い方のところが細かいけれど気になって気になって仕方がなくて。
(本の中ではもちろん書いていますが。)

「いなくても」、が
子どもがいるのが本来はいいけれどいなくても幸せ、
つまり、
子どもがいる=幸せで
子どもがいる > 子どもがいない
のように感じられる。

ではなくて、
私チョーハッピー、子ども?子どもはいません、
充実した幸せな生活を送っています、結婚?していません
みたいな順番で言えるのがいいですね、など
本の内容とは直接関係ないけれどあーだこーだ編集さんと話しました。

あれ、この話前にも書いたような記憶がしてきた、まあいいや。

そんな熱の入った打合せを思い出し今日、この
[ 動詞ーて ] + も、を文法どうなっているのか調べてみた。

A ても B.

Bには Aとは予想される反対のことがくる、だって(+_+)
文法的には、Bは予想されないこと。
例えば

雨が降ったら中止します(Bは想定通り)。
雨が降っても中止しません。(雨が降ったらふつう中止なので中止しないBは予想しないこと)

子どもがい”なくても”の後は想定外がくるもの。想定外、それが「幸せ」。
子どもがいないと幸せは想定されないこと、なんだね、文法的にみると、、、
ふ~ん、、、。
参考にしたのはこちら日本語教師の広場→

幸せを言うのに条件から始まる文章は多い。

”たら”→想定されるもの

子どもがいたら幸せ
→いなかったら?
子どもがいなかったら不幸せ?
パートナーがいたら幸せ
→いなかったら?
パートナーがいなかったら不幸せ?

幸せを条件から言うこと多いし
悲しいことだー

な~んて(^_-)-☆
年末ジャンボに当たったら幸せ、とか
俗人だから条件付き言っちゃう(*’ω’*)(買ってもないけど)

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