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プライベートや本の取材など様々な機会にノンファン(子どもがいない人)から
「ずっと昔から続いてきた命が次に継げなかった、ここで終わっちゃうこと」が
「悲しい」「なんか虚しい」「なんとも言えない気持ち」etc
という声聞くことがあります。
特に女性は産む性なので子どもを望んで持てなかった場合。しかし特にそこまで
子どもが欲しくなかった場合でも感慨深くそういう話をする人もいました。

確かに、約46億年前地球が誕生して、数億年経って生命が誕生して・・・
気の遠くなるような時間が流れて命が受け継がれてきて今自分がここにいることは
奇跡的なこと。
それがここで止まってしまうんだー、DNAのリレーが終わってしまう、という「思考」が回ると
それは何ともいえない気持ちや感情もわいてくることも
あるかもしれません。

でも、子どもを産んで残すことだけが命のリレーではないと思う。

子どもを産んだことが生きてきた証だ、というセリフを
何かの漫画で読んだことがあった
では子どもを産まない人の生きてきた証はなんだというのか?

以下少しあやしい語り調になりますが、、、

*********

人とかかわる、
息をする、
悩む、
楽しむ、
見る、
聞く、
食べる、
つくる、
しゃべる
・・・・・・・・

自分のすべてが生きてきた証。
そして自分とかかわったすべものや人にそれは刻まれていくんだと思う、
どんなに小さなことであっても。
生きていることそのものがこの地球に刻まれていく。
地球は自分が死んだ後も生き続けていく。
生きていること自体が命のリレー。

*********

NHKの『インパール作戦』の特集番組を夏に見ました。
病気や飢餓で遺体で埋まった白骨街道と呼ばれている退却道が映っていた。
亡くなった人の中には20代、もしかしたら10代後半の青年もいたはず。
十何年で命を失った多くの青年は独身でもちろん子孫を残していない。
何のために生まれてきたのか、生きてきたのか、そんな風に散ってしまった命、虚しいと思った。
どう考えたらいいんだろう。
でもそこには確実に生きた証があったはずだ、その息吹があったはずだと。
壮大な時間の中に短命長命にかかわらず子孫を残そうが残すまいが、
生きてきたことが地球に刻まれていくと考えたい、そう思った。

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